日々熱戦が繰り広げられるパリオリンピック2024。あなたはバスケットボール男子日本代表の試合をご覧になられましたか?
このコラムでは、パリ五輪で問題となった対フランス戦において、試合終盤に起こった悲劇とも言える出来事を振り返り、今一度検証していきたいと思います。
バスケットボール男子日本代表の予選グループリーグ
予選グループリーグの組合せは、2024年3月19日にスイスのミースにて抽選が行われました。
4チームずつ、3つのグループに分かれて行われる予選グループリーグ
グループA | グループB | グループC |
---|---|---|
オーストラリア (5位) | フランス (9位) | セルビア (4位) |
ギリシャ (14位) | ドイツ (3位) | 南スーダン (33位) |
カナダ (7位) | 日本 (26位) | プエルトリコ (16位) |
スペイン (2位) | ブラジル (12位) | アメリカ (1位) |
さすがは、オリンピック出場国。日本よりも格下のチームは1チームのみで、すべて格上のチーム揃いです。ちなみに、南スーダンはグループリーグでプエルトリコに勝利しています。
日本が入ったグループは、アメリカさえいないものの、ワールドカップ優勝国のドイツ。身長224㎝のビクター・ウェンバンヤマが新たに加入したフランス。そしてブラジルと、どのチームもスタメンはもちろんのこと、控え選手にすら現役NBA選手が名を連ねる強豪国ばかり。
日本は48年ぶりの出場
日本が開催国枠ではなく、自力出場を果たすのは、1976年モントリオールオリンピック以来、実に48年ぶりとなり、日本国中がこの快挙に沸いたのは記憶に新しいこと。それほど、五輪への自力出場はバスケットボールにおいて困難なことであり、長きにわたって閉ざされていた門であったのです。
強化試合の結果も踏まえて、正直なところ、すべて20点差以上をはなされて負けてしまう未来すらあるのでは、と想像していました。
オリンピックに出場するために必要な条件とは?
オリンピックの出場枠はたったの12チーム。バスケットボールにおけるオリンピックに出場するための条件は、男子と女子で異なります。以下は、男子の出場条件です。
開催国のフランス代表は出場権を得ていることから、残りの11枠を争うことになるのですが、男子日本代表は、2023年に行われたFIBAワールドカップの結果、出場が決定しました。この大会は、ドイツの優勝で幕を降ろした大会です。ワールドカップでは、7枠の出場が新たに決まります。
- アメリカ大陸:2チーム
- ヨーロッパ:2チーム
- アフリカ:1チーム
- アジア:1チーム
- オセアニア:1チーム
各ブロックから1~2チームの出場枠が与えられるので、日本はワールドカップでアジア1位になることが出場の条件でした。2023年9月2日に開催された、ワールドカップの日本対カーボベルデ戦で勝利を収めたことにより、日本はアジアNo,1が決定します。
残りの4枠は、後に開催されるオリンピック予選で決定します。まずは、FIBAオリンピック・プレ予選トーナメント(FOPQT)が開催されます。ワールドカップの予選出場国から40チームが参加できるこの大会は、ワールドカップ予選で2次ラウンドに進出したチームで、ワールドカップ本戦への出場権を得られなかった28チームと、2次ラウンドに出場できなかったチームの中から上位12チームが参戦します。
- アフリカ:8チーム中、1チームが予選トーナメントへの出場権を獲得
- アメリカ大陸:8チーム中、1チームが予選トーナメントへの出場権を獲得
- アジア・オセアニア:8チーム中、1チームが予選トーナメントへの出場権を獲得
- ヨーロッパ:16チーム中、2チームが予選トーナメントへの出場権を獲得
40チームが参加するプレ予選トーナメントから、次の予選トーナメントへの出場権を得られるのは、以上のたった5チームとなります。非常に狭き門であることがわかりますね。
最後に、FIBAオリンピック・予選トーナメント(FOQT)が開催され、全大陸から計24チームが参加します。24チームの内訳は以下のようになっています。
- アフリカ:1チーム(FIBAワールドカップ2023でオリンピックへの直接出場権を得られなかったチームの中で最高位のチーム)
- アメリカ大陸:1チーム(FIBAワールドカップ2023でオリンピックへの直接出場権を得られなかったチームの中で最高位のチーム)
- アジアから1チーム(FIBAワールドカップ2023でオリンピックへの直接出場権を得られなかったチームの中で最高位のチーム)
- 2023年FIBAワールドカップで直接出場権を得られなかったチームから上位16チーム
- プレ予選トーナメントから、アフリカから1チーム、アメリカ大陸から1チーム、アジアから1チーム、ヨーロッパから2チーム
FOQTでは、6チームずつに分かれて4組のトーナメントが行われ、各トーナメントの優勝チームのみ、オリンピックへの出場権を獲得します。
ここまで戦った上で、残りの4枠が決定するのが、「オリンピック出場」です。
対 フランス戦
パリオリンピック、初戦のドイツ戦を落とした日本は、予選グループリーグを突破して目標であるベスト8に向けて、第2戦の対フランスは絶対に負けられない戦いでした。
フランス代表は、日本代表を相手に224㎝の長身を誇るNBAの超新星、ビクター・ウェンバンヤマ選手と、216㎝のルディ・ゴベア選手がスタートで同時にコートに入る本気具合。河村選手の身長は173㎝なので、その差は51㎝です。
そのハンデをもろともせず、河村勇輝選手はこの試合、終始ゲームをコントロールしながらもタフなスリーポイントシュートでAND1を獲得するなど、29得点(3ポイントシュート6本成功)、6アシスト、7リバウンドと大活躍。そのプレーが注目され、「河村は本物だ」と世界中のバスケフリークを唸らせました。
しかし、この試合残り10.2秒を残して「リールの悲劇」はおとずれます。
第4クウォーター残り16.4秒、84-80、日本は強豪フランスから4点リードを奪い、誰もが勝利を確信した次の瞬間に、その夢は脆くも砕け散りました。フランス代表のマシュー・ストラゼル選手によって放たれたスリーポイントはリングを通過し、さらにシュートファウルがコールされ、AND1に。フリースローも決められ同点に追いつかれた日本は、延長戦の末、惜敗となりました。
試合終了後には河村選手がインタビューで「大事なクラッチ※の時間にポイントガードとしてコントロールできなかったことは本当に悔しいです」と自責の念を述べています。
※バスケットボールにおいて大切な時間、特に試合終了間際の勝敗を分ける時間帯のこと
誤審ではなかったのか?
この試合、誤審だと世間で話題に上がっているシーンは主に2つあります。
【疑惑その①】八村塁選手の退場
ひとつは、八村塁選手のアンスポーツマンライクファウルです。この試合、2回のアンスポで八村選手は退場となっています。
ルールブックで明記されている
アンスポーツマンライクファウルは、ルールブックで以下のように定義されており、国際ルールでも適用されています。
定義
バスケットボール競技規則2024 第37条 アンスポーツマンライクファウルより引用
アンスポーツマンライクファウルは、プレーヤーによる体の触れ合いを伴うファウルであり、以下の要素をもとに審判が判断する:
・ボールに対するプレーではなく、かつ、正当なバスケットボールのプレーとは認められない相手プレーヤーとの触れ合い。
・プレーヤーがボールや相手プレーヤーに正当にプレーしようと努力していたとしても、過度に激しい触れ合い(エクセシブハードコンタクト)。
【中略】
・以下のいずれかの状況で、相手チームのバスケットに向かって進行しているプレーヤーとそのバスケットとの間に、進行しているプレーヤーの相手プレーヤーが全くおらず、進行しているプレーヤーの後ろあるいは横から起こす不当な触れ合い。これはオフェンスのプレーヤーがショットの動作(アクトオブシューティング)に入るまで適用される。
【以下割愛】
この説明から解釈すれば、八村選手のファウルは間違いなくアンスポだったと言えるかと思います。NBAではもう少しきつくコンタクトをしないとアンスポにならないのかもしれませんが、この大会はあくまでFIBAの国際ルールであることを忘れてはいけません。
【疑惑その②】河村選手のシュートファウル
第4クウォーター残り16.4秒で84-80、強豪フランス代表相手に4点のリードを奪う展開。フランスのフロントコートから、フランスボールでスローイン。
次のプレーを考えても日本人の誰もが歴史的勝利を確信した瞬間でした。
- フランスが次のシュートを落とす→リバウンドを日本がとってキープして勝利
- フランスが次のシュートを落とす→リバウンドをフランスがとって得点を決めても同じ展開
- フランスが次のシュートを決める→日本がキープして勝利
- フランスが次のシュート(2点)を決めた後に故意にファウルする→日本がフリースローを2本沈めれば勝利、1本外しても次のシュートが3ポイントシュートでなければ勝利
- フランスが3ポイントシュートを決めた後に故意にファウルする→日本がフリースローを2本沈めた後、わずかな時間(おそらく5秒くらいでしょうか)で確率の高いシュートが打てるチャンスはほぼ無し・・と思いたい(このパターンは同点や負けの可能性がありますが)
このように可能性をリストアップしても、「確定」だと感じました。もちろん、同点や負けの可能性が0ではない状況ではあったものの、95%くらい(感覚です)は勝てると。
しかしここで、悪夢のようなできごとが起こりました。残り12秒、フランス代表のマシュー・ストラゼル選手が、ゴール下にいるルディ・ゴベア選手から3ポイントラインの外側でパスを受け取ると、渡邊雄太選手のクローズアウト(チェック)をポンプフェイクから左へかわし、河村選手のプレッシャーを受けながら残り10.2秒のところで放たれたスリーポイントシュートはリングを通過。
この瞬間、興奮しすぎてファウルのコールが聞こえていなかった私の頭には前述した次のプレー、シナリオ「5」が頭をよぎったのですが、次の瞬間に、今のシュートがAND1であることに気づかされました。河村選手のディフェンスに対してシュートファウルがコールされ、フランスに1本のフリースローが与えられます。
そのフリースローを沈めたフランス代表は84-84の同点に追いつくことに成功。試合はオーバータイム(延長戦)へ。5分の延長を戦うことになった日本は、すでに体力の限界を超えており、そこからの流れはフランスに傾いてしまいました。
試合終了後、録画していたファウルのシーンを確認してみました。
「ファウルには見えない・・・」
ジャンプシュートの瞬間は河村選手は自身のシリンダー内で真上にジャンプできていますし、相手選手に触れてもいないのです。しかし、ファウルがコールされてしまった。
これには、世界中から「誤審だ」という声がほとんど。SNSなどでは保身のために論点がずれてしまったような見解を見せる日本人の方々が多々いらっしゃいますが、世界はこのジャッジについて言及をしています。
戦った選手たちは最高のパフォーマンスをしてくれていたし、河村選手自身も自責のコメントをしており、その姿勢を称えたいのはもちろんなのですが、応援していたサポーターからすれば何か腑に落ちないというのが本当のところでしょう。
なぜ、審判(レフリー)はファウルをコールしたのか?
そこで、なぜ審判はあの瞬間にファウルをコールしたのか、考えてみましょう。
渡邊雄太選手のクローズアウト(チェック)はノーコンタクトでかわされているのですが、この後すぐに、河村選手がマシュー・ストラゼル選手の右腰のあたりに左手を添えてプレッシャーをかけます。
この左手の部分ついて考えてみましょう。
「触れていた」「触れていない」「押している」「押していない」というのは闇の中ですが、バスケットボール競技規則には以下のような記載があります。
33-11 手や腕で相手チームのプレーヤーに触れること
プレーヤーが相手チームのプレーヤーに手や腕で触れることがあっても、必ずしもファウルではない。
審判は、プレーヤーが相手チームのプレーヤーに手や腕で触れたり触れ続けたりしていることで、触れ合いを起こしたプレーヤーが有利になっているか否かを判断し、相手チームのプレーヤーの自由な動き(フリーダムオブムーブメント)を妨げているときには、ファウルの判定を下す。
バスケットボール競技規則2024 第33条 コンタクト(体の触れ合い):基本概念より引用
この内容から、河村選手の左手が、相手のシリンダー内に侵入することによってマシュー・ストラゼル選手の「自由な動き(フリーダムオブムーブメント)」を妨げたと判定を下したと考えられます。
では、右手はどうだったのか?映像で何度か確認していますが、コンタクトは無かったと見えます。そのため、河村選手はファウルコールが宣せられた後、審判に向かって抗議のジェスチャーをしています。
マシュー・ストラゼル選手は、実際に押されたかどうかは別として、シュートの際に体制が崩れています。体制が崩れた原因が河村選手の左手と考えれば、ルールブックに記載されている条件が揃うので、おそらく審判は、左手についてジャッジを下したのかと考えられます。
マシュー・ストラゼル選手がわざと体制を崩したと考えることもできます。しかし、河村選手が左手を添えていたことで、彼がわざと体制を崩したとしてもコールされてしまう材料は揃ったということになります。
改めて考えると、さすがは国際レベルの審判です。ジャッジが正確であると言えるでしょう。
ただ、この時にヘッドコーチチャレンジをもう一度試みることができれば、様々な角度から検証して「押していない」または「触れていない」だったり、あえて体制を崩しているシミュレーションであるとジャッジを改められたかもしれません。
そう考えれば、現行のルール自体を見直していくきっかけになるのでは?と思います。
こちらの動画でも同様の見解で解説しておりますので、ぜひご覧ください。
最適解は何だったのか?
ここで、例のシーンの最適解を考えてみます。この誤審騒ぎでよく出てくるキーワードが、コントロールできるもの、できないものです。
コントロールできるものとは?
自分自身のプレー内容、行動、言動など、自らの努力で変えられるものです。ステフィン・カリー選手は「自分にコントロールできることに集中するんだ」と述べています。
コントロールできないものとは?
この試合で言えば、審判(レフリー)のジャッジメントです。
もしかすれば「誤審」かもしれませんが、それをいくら言ったところで結果は変わりません。これに対して周りが声をあげることで未来は変わるかもしれませんが、選手にとってその試合ではコントロールできないものとなります。
問題のシーンで唯一、コントロールできることと言えば、両手共にノーコンタクトを徹底することだったのではないでしょうか。
3ポイントシュートを沈められたら、シナリオ「5」のピンチを迎えるからこそ、シュートを外させる最大限のプレッシャーをかけたかったというのは選手の気持ちとしては当たり前だと思いますし、それを踏まえて最大限の激しいディフェンスを選択したのは間違いではないと思います。
しかし、起きてしまったことと比較すると、プレッシャーをかけながらもあくまで両手はノーコンタクトで、入ったとしても1点差のボールキープを選んだ方が勝利の可能性があったというとになります。
まとめ
あくまで個人的な感想になってしまいますが、あの判定を改めて検討した上で、世界がそれを認識し、今後ルールの改正(ヘッドコーチチャレンジの回数を増やすなど)がなされれば、国際試合はより健全に行われるのではないかと思います。
あの判定が誤審であっても、クリアであっても、世界の強豪で開催国であるフランスをここまで追い込み、一時は勝利の可能性すら見えたことは、本当に喜ばしいことなのだということは忘れてはなりません。このレベルの試合が展開できたからこそ議論ができるわけで、20点、30点差で負けている状態であればそもそも流されている可能性もあるのです。
自身がプレーして涙を流した経験はありますが、バスケットを観戦していて、涙を流しそうになるほど興奮、感動させてもらった経験は、スラムダンク以外にありませんでした。(リアルでなくてすみません)
心から、バスケットボール男子日本代表に感謝したいと思います。
しかしながら、今回取り上げたシーン、この試合で起こったことは「リールの悲劇」として後に語り継がれ、そして今後のバスケットボール日本代表が世界と互角に渡り合う、未来へのステップとなれば良いのではないかと思っています。